名古屋高等裁判所 昭和30年(う)290号・昭30年(う)289号・昭30年(う)286号・昭30年(う)292号・昭30年(う)287号・昭30年(う)291号・昭30年(う)288号・昭30年(う)293号 判決
A弁護人の論旨の要旨は、原判決第一、第二において、被告人金孫根も覚せい剤製造の共犯を認定し、原判決第三において、同被告人を覚せい剤不法所持の共犯と認定しているが、同被告人は、夫文容柱が覚せい剤製造完了後、封筒に入れる手伝をしたり、或は弁当を持参してやつたに過ぎないから、覚せい剤製造の共犯と認定し難く、又覚せい剤を所持していたのは、同被告人でなく、夫の文容柱であると謂い、B弁護人の論旨は、被告人広瀬千冬、同安藤あや、同安藤義晴は、本件覚せい剤製造の主犯文容柱と意思相通じて製造したのでなく、同人の製造行為を手伝つたに過ぎないから、共同正犯でなく幇助犯に過ぎないと謂うにあるが、原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判決第一乃至第三の事実は、十分に認められるところである。即ち被告人金孫根、同広瀬千冬、同安藤あや、同安藤義晴は、原審第一回公判廷で、右の犯罪事実を全部自白して居り、原審証人文容柱の証言によれば、被告人金孫根は、文容柱の妻であつて、被告人広瀬千冬方において、覚せい剤を製造するときは、被告人金孫根は、文容柱のため一、二回弁当を持参し、その際、覚せい剤をアンプルに詰めたりアンプルを封筒の中に入れたこともあり、被告人広瀬千冬は、文容柱に覚せい剤製造の場所として二階を貸し、且つ覚せい剤をアンプルに詰める仕事を為して居り、被告人安藤あや方では、被告人金孫根は、文容柱から覚せい剤を受取つて運び去る仕事を担当し、被告人安藤あや、同安藤義晴の親子は、文容柱に覚せい剤製造場所として、二階を貸し、且つ覚せい剤をアンプルに詰める仕事を手伝つたことが認められ、被告人金孫根の検察官に対する供述調書によれば、被告人金孫根が覚せい剤製造場所として被告人広瀬千冬方を賃借するに際し、尽力し、文容柱と共に荷物や道具を運んで覚せい剤製造の準備を為し、文容柱と共に製造したこともあれば、被告人金孫根独りで、広瀬方に行き、被告人広瀬千冬に手伝つてもらつて、文容柱が既に調合しておいた薬の液をやかんに入れて七輪でわかし覚せい剤を製造してアンプルに詰めたこともあり、被告人安藤あや方においても、覚せい剤をアンプルに詰めたことが認められ、被告人広瀬千冬、同安藤あや、同安藤義晴の検察官に対する各供述調書によれば、被告人広瀬千冬は同家を文容柱夫婦に貸して同家で覚せい剤をアンプルに詰める仕事を手伝つて居り、被告人安藤あや、同安藤義晴の親子も同家を文容柱に貸して、同家で覚せい剤をアンプルに詰める手伝をして居り、被告人金孫根は、覚せい剤製造の場所として広瀬千冬及び安藤あや方を借り受け、夫文容柱と共に製造するまでの準備を為し、夫に協力して覚せい剤をアンプルに詰める仕事やこれを運び去る仕事を担当していたことが認められる。本件被告人等が覚せい剤の原薬を買求めたり調合したことを認めるに足る証拠はないが、文容柱の求めにより、覚せい剤をアンプルに詰める仕事を為して居り、殊に被告人金孫根は、夫文容柱と一体となり、夫婦協力して覚せい剤製造の仕事に携わつていたことが明らかである。覚せい剤をアンプルに詰めたり、封筒に入れたりする行為もまた覚せい剤製造行為の一態様の中に含まれるもので、製造後の爾後共犯と目すべきものでないと解するのが相当であり、右のような被告人等の行為自体から見て、文容柱と覚せい剤製造について互に意思連絡があり、製造行為を共同したものと認むべきであつて、単純な幇助犯と認むべきでない。又原判決第三の覚せい剤を被告人金孫根が所持していたことは、同被告人も原審公判廷で自白して居り、この覚せい剤は、前記の通り被告人等が安藤方で製造し、被告人金孫根と文容柱が他に販売せんために所持していたもので、このことは原判決挙示の捜索差押調書で十分に裏付けられているのである。以上のように原判決第一乃至第三事実については、判決に影響すること明らかな事実誤認はなく、各論旨は、何れも、理由がない。
(裁判長判事 高城運七 判事 柳沢節夫 判事 赤間鎮雄)